葦と歯車

一次創作「葦と歯車」小説投稿ページです

憂愁の花 Ⅱ

「大丈夫?お嬢さん」

「ふぇはぇぇ…そらから…まど……」

「明らか大丈夫じゃないわよこれ」

しばらく目をちかちかさせていた少女はシナダに手を差し出されてようやく起き上がった。肩に乗っているウサギは目をチカチカさせて威嚇している。

「ウミ、コイツラ、ヤバイ。撃ツ?」

「撃たない!…手、ありがとうございます。びっくりしちゃいました」

ジッパーやポケットだらけのワンピースの汚れを払う。ウサギの目と同じ澄んだ紫のゴーグルを付けており、髪は石鹸の匂いと油のような臭いが混ざり合っていた。

「こんな所でどうしたの?ここは草と錆びた機械しかないよ」

全く人のことは言えないのだが、まだ幼さの残る少女がひとりでいるような場所ではない。

「私、スクラップ収集をしていて…でも探索道具を一部忘れて困っていたんです」

「なるほど、廃金属集めね」

この世界の人間は生計を立てる方法が非常に少ない。大量の植物やコンクリートの廃屋を片付けるには人手や機械が足らないことが多く、整地を行える生産者は限られてくるからだ。大抵の者は遠征して狩りや採集で生活をするため、彼女のような人間は決して珍しくなかった。

「あたし達は道具一式持っているの。しばらく一緒に行動しない?」

「え…いいんですか?」

「もちろんよ。…そいつがやらかした分何かしてあげられないと気が済まないし」

ヒエダが冷たい流し目を向けるとシナダは真顔でてへぺろをしている。バチンとはたくとそのままぴったり九十度に頭を下げ、その様子に少女はぷっと吹き出した。

「およ?何か面白かったかな」

「ふふっ…あははは!もう…面白さしかないですよ!」

涙を拭いて向き直ると少女はニカっと歯を見せて笑った。

「私は卯海っていいます。少しの間よろしくお願いしますね」

憂愁の花 Ⅰ

「ここは随分と人が入ってないみたいだね」

適当な建物に一歩足を踏み入れると、一面が青々とした葉や蔓で覆われていた。ナイフを握りさっと腕を振るとはらはらと落ちていく。

「…ところで梓鉈」

「ん?」

「こんなにうっそうとして瓦礫まみれのとこ入るの嫌なんだけど」

「日枝の届かない所は僕が行くから大丈夫だよ?」

「脚の長さでナチュラルにマウントとられたくないから言ってんの」

シナダが片手をぶんぶん振りながら奥へ進んでいくのを見て、ヒエダも溜息をつきつつポケットから小さなナイフを取り出した。

二人が入った廃墟は特に崩壊が酷く、蔦だけではなく足元のコンクリートの欠片にも気を付けなければならなかった。草が薙がれ瓦礫ごと踏みつけられ青臭い匂いが広がる。

「生命の匂いがするね」

「開拓の匂いね」

 

ボロボロになった階段を登ると、何かを閉じ込めておいたと思われる大きなガラスの筒や錆びて開かなくなった戸棚などが並んでいた。

「ここも何かの研究室っぽいわ」

ヒエダが机を覆う植物をむしり、引き出しの中などを調べ始める。すると綺麗な状態の資料やいくつか試薬が見つかった。

「………うん、ここはどこか大きな施設の生物を一部移して管理していたみたいね。これだけ小規模な建物だし比較的安全なものだろうと思っていたけど、データを見る限り危険性がないというよりは…」

少し首を傾げながら栓のされた試験管を振る。中では虫のような植物のようなものが生気なく揺れた。

「うん、…失敗作の細胞を切り取って培養してみたり、色々実験をしてたみたいね。ここのものがどう使われる予定だったのかはよくわからないけど」

「人間って悪趣味だね」

「…あたし見て言わないでくれるかな」

ヒエダが見つけたものを端末で撮影している間、シナダは辺りをきょろきょろと見渡していた。そして何か思いついたような顔をすると、おもむろに手近な窓に蔓延った植物をむしり始める。

「…何してんの?」

「ここの植物たち陽が当たらなくて可哀想だなって」

「いやこれだけ育ってるんだから必要ないでしょ」

「でも天照様のお光は平等だから」

「…」

ある程度綺麗にした窓を開けようとすると、戸棚などと同じく錆びついて動かなかった。するとシナダは袖の長い腕を振り回しながらパンチを始めた。

「え、ちょっ!?そこまでしなくてもいいでしょ、もう光は入るんだから!」

「僕が植物だったら直接光浴びたい」

「あのね、植物は必ずしも光を好むとは限らないのであって…!」

「あ」

ヒエダが説明しようとした瞬間、シナダの信仰溢れる拳によって窓が…そのまま抜けた。

「ぎゃーーーーーーーーーーーー!!!!!」

外から悲鳴が聞こえる。ふたりが四角く抜けた場所から下を見やると、窓を間一髪で避けた少女が尻もちをついて口をあんぐり開いていた。

「…謝ってきなさい」

「はい」

葦生える土地に回帰していたのでございます

「ああ、ぼくはもう駄目かもしれない…」

少女はゆっくり睫毛を震わせると、そのままばったりと倒れた。彼女の周りには青々とした草原が果てしなく広がり、手には塗装のはがれたコンクリートの欠片を握りしめている。

「ぼくに残されたのは…この小さなおにぎりだけ。…ああ天照坐皇大御神様、死ぬ前にあなた様にお目にかかりとうございま」

「何やってんのよあんた」

ぴしゃりと愛らしく冷たい声でツッコミが入り、彼女はごろんと青空の方を向いた。

「もう片付けは大丈夫だと思ってあんたを放っておいたら、変な虫にびっくりしてお皿割るしあんたはいつの間にかどっか行ってるし、いざ見つけたら死にかけてるし」

「生死というものは人間の永遠のテーマだからね、なんか色々頭の中で哲学書を出し入れしまくってたらああなった」

「それ中にシェイクスピア混ざってる、絶対」

いくらか小柄な少女に起きなさいと肩を叩かれ、彼女は足だけで器用に立ち上がった。

爽やかな風にさらさらと柔らかい髪が踊り、どこからか飛んできた花びらは空に舞い上がる。地平線の彼方まで見えるのは美しい草木。

そして、瓦礫に瓦礫を重ねたようなかつての文明のゴミ跡。